サイダー

グッドネイバーズジャンボリー2013。当日とその前後。いちばん掛けられた言葉は、大丈夫?だったと思う。

おはようとか、ひさしぶりとかよりも、大丈夫?だった。

カメラが雨でびしょ濡れだけど大丈夫?目が赤いよ、大丈夫?みたいな質問に対しては、せっかく心配してくれているのに申し訳ないけど、「わかんない」としか答えなかった。だって、わかんないから。

けれども、さすがにこれは大丈夫じゃないなと思った出来事が2つほどある。どちらの話もMusume(6歳2ヶ月)が大笑い。嬉しかったので、そのうちの1つを記録しておこうと思う。

ジャンボリー当日の夜。とんがりテントの解体や机運びなどの後片付けを終え、ヒザも痛いし、皇潤飲んでみたいなあ。とか思いながら、夜中にスーパーセンターA-Zへ買い出しに行った帰りのことだ。

気力なくレジ横のベンチに腰掛けていた僕は、先に買い物を終えて帰ってゆく仲間たちを見送るとようやく買い物をはじめた。

半額のお寿司、ビックル(500ml)、サイダー(500ml)。ふりかえると、この時点でもう僕の過ちはスタートしていたように思う。

運転を始めると、序盤でビックルをごっきゅごきゅ飲み干す。お寿司は着いたら食べよう。そう思いながら車を走らすのだが、これが走れども走れども到着しない。

あれー。森のがっこうこんなに遠くないよなあ。これまちがったなあ。あーあー。と思うのにすぐには止まらず走っていると、左手にホテル ローマの原色裸電球な感じのイルミネーションが輝いて。まさかの in 枕崎市。ローマの先でUターン。気をとり直して(直せてないと思うけど)、森のがっこうへ戻った。

到着後の車中。暗闇と屋根を打つ雨音のなか、暗いから何がどれだかわかんないんだけどマグロっぽいモノとかを食べる。そして、サイダーのフタを開けて飲みはじめたところまではなんとなくの記憶があるんだけど。その後ですよ悲劇が起きたのは。

どのくらい眠っていたのか、それが何時頃の出来事なのかはわかんない。

大きなカミナリの音におろろいた僕は、持っていたサイダーをすべてぶちまけたんだ。ドボドボドボドボー。あー。あーあー。たぶん400mlはあったと思う。そのすべてを自分の下半身にこぼした。新しいプレイとかそういうことではなく。

幸い(まったく幸いではないんだけど)、山用ズボンのおかげでパンツは無事。運転席のシートがぐっしょんぐしょんになっただけで済んだ。

そしてなんとなくまたA-Zへ車を走らせ。駐車場で朝まで眠り、8時過ぎ、今度はサイダーではなく水を購入して、森のがっこうへ帰った(意味なき往復)。

あともう1つ。写真にまつわるどうしようもない失敗があるのだけれども、それはまだ直視できずにいるので、報告は控えようと思う。
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祝辞

他の誰かに依頼したほうがお母さまたちもご親族も安心されると思うよ。と断わったが、言わんとすることは分かるが承知の上だと断られる。

断わりすぎるのも失礼だろう。ソウ迷ううちに、花嫁の差し出した手をとり、握手をする。ソノ結果、乾杯の挨拶よりも前、花嫁・花婿が登場するなり話すという役を担うこととなった。

誰のために何を意図して声を発するのか。数週間、向き合う。

式開始。新郎新婦入場前に照明が落ちると、まさかまさかBGMに波音が流れる。ざざーん。式の終盤には、サプライズ餅つきのため、テンダーと共に高橋素晴 君が登場。その上、サクラちゃんの誕生日も、プロポーズの日も4月1日だという。

僕は、ホントウに僕の祖母がイタリア人なような気がしてきたし、僕の話が実話かそうでないかなど周囲の皆は気にしていないだということが今回の件を通してよくわかった。

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サクラちゃん、ユータ君、おめでとうございます。

サクラちゃんのお母さま、ユータ君のお母さま、ご親族、ご友人、ご列席の皆さま、おめでとうございます。

皆さまどうぞご着席ください。

ご紹介に与りました安藤アンディと申します。鹿児島市名山町のレトロフトチトセというビルの1階で、カベレフトという壁、小さな写真ギャラリーのようなものを、営んでおります。

2012年4月1日、エイプリルフール。皆が嘘をつく日。

「祝詞をお願い致します。」と書かれた1通の手紙が、自宅に届きました。

僕、なかなかソウイウコトを頼まれる柄では無いので、ホントウに嘘だろう?と思いましたし、周囲からも嘘でしょう?ホントウ!?などと言われました。

それから48日、フォーリィエイト。嘘みたいに日々は過ぎ、ホントウに綺麗な花嫁と、嘘のように凛々しい花婿の前に、ホントウに立ち、僭越ながら、祝辞を述べさせて頂きます。嘘のようです。

一生に一度であろうメデタイ宴です。

新郎・新婦は、皆様がコノ会場に来てくださることを、本当に本当に楽しみにしていました。

ありきたりの褒め言葉や、型通りの祝福は、心に残らず、消えてゆきますよね。

だから皆さん。

今日は、僕らそれぞれのやり方で、話し、笑い、食べ、歌い、踊り?、このかけがえの無い時間を、ふたりと僕らの胸に刻みましょう。

僕は一つだけ。短いお話を捧げます。

皆さん、目を閉じて頂けますか。

さらけだすときは、電気を消すか、目を閉じましょう。

フランス人である僕の祖父 菊太郎が17歳のとき、太平洋を横断し、アメリカの西海岸へ移り住んだときの話です。

陸軍で輸送車の運転手をしていた祖父は、ある日思い立ち、茨城県常陸多賀の海岸から、一艘のヨットで旅立ちます。

皆さん、自分に置き換え、想像してみてください。

17歳。夜、生まれ育った海岸を後にし、暗い海の上を進みます。

ざざーん、ざざーん。

ひとり海の上で見る朝焼け。どこまでも広がる海。夕焼け。

朝が来て、夜が来て、また朝が来て、夜が来て。孤独、空腹、罪悪感、疲労、さまざまを感じます。朝が来て、夜が来て、また朝が来て、夜がきて。

ざざーん。

ようやく太平洋を渡りきると、休む間もなく記者会見が開かれ、大人たちが尋ねます。

この太平洋横断達成の意味は?

価値は?

この結婚の意味は?

休みなく仕事することの意味は?

あなたの打ち込むソレにはどのような価値が?

好きな人と過ごすことに何の意味が?

懸命に子育てしてきたことの意味は?

この結婚の価値は?

この太平洋横断の意味は?

17歳の祖父は、こう答えたそうです。

今後の自分の生き方によって、今回の太平洋横断の価値が決まる。

僕は、素晴らしい答えだと感じました。

今日、こうして、サクラさんが本当に綺麗な花嫁姿を皆へ披露してくれていること。

ご親族、ご友人、新郎・新婦の大好きな方々が、ここに集まり、祝い、またそれぞれの生活へ戻ってゆくこと。

これから先、

サクラさんが支え、雄太君が、サクラ島大学を営んでゆくこと。

朝が来て、夜が来て。また朝が来て、夜が来て。

日々が過ぎてゆくこと。

その意味は。価値は。

ふたりのお母様が、ご家族が、懸命に生きて来られた結果、今日のこの素晴らしい時間があるように。

ふたりの大好きな皆様が、日々を暮らし、貴重な時間を割いてここに駆けつけてくれた結果、今日のこの素敵な時間があるように。

今日。これから先。

僕らの人生と人生が交わる僅かな時。

目の前のモノへ、惜しまず愛を注ぐこと。

それが過去と今日の、意味を、価値を、決めるのだと思います。

新郎新婦はもちろんのこと、ここに居る僕ら全員も、今日は、思う存分に、話し、笑い、食べ、歌い、踊り?今日のこのメデタイ宴を、胸に刻みましょう。

最後に。

イタリア人である祖母から教わったおまじないを唱え、この祝辞を、4月1日に届いた手紙への返事を、終わりたいと思います。まだ目を閉じてて。

ピッツア♪ マルゲリータ♪ ヴォーノ♪

サクラちゃん、ユータ君、おめでとう。

皆さん、目を開けて、新郎新婦とご家族へ拍手を。

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当日の昼、Musume(4歳11ヶ月)の前で「ピッツア♪ マルゲリータ♪ ヴォーノ♪」の言い方を練習すると、「お客さんは絶対笑う」と太鼓判を押してくれた。それがとても心強かった。

式後。お母様たちや出席されていた方々が、印象に残る良い祝辞でしたと声を掛けてくださる。どこまでがホントウかは分からないけれども嬉しかった。

エイプリルフールに届いた手紙への返事です。という伏線が弱かったのか、100%実話だと信じてしまわれた方も居られたようだけれども、実話かそうでないかなんて、大した問題ではないと、僕も思う。

帰り道。車にあたる雨音を聴きながら少し眠る。ソノ一音一音を憶えてはいないけれども。ソノ日にあった全てを憶えてはいないけれども。幸せでデタラメな記憶の断片。ソレを思うと今なお安らぐ。
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寄り道

いまから29年前、小学2年の夏、僕らは父の単身赴任先へ移り住んだ。って書くとめちゃくちゃ歳とったんだなと自分でも驚く。

東京の、休み時間は屋上が遊び場、運動会は周辺の陸上競技場でって小学校ですごしてたから、校舎にカブトムシがとまってたり、道路をザリガニが歩いてたりする環境は楽園だった。小さな頃は。

隣近所は3軒だけ。舗装されてない道。コンクリじゃない用水路。田んぼ、田んぼ、田んぼ。

そろそろ下校してもよさそうなのに、何時間も僕が帰って来ない。転校したてだから道に迷ったかも知れない。さがしにゆこうとしたら、家から見える田んぼでずっとイナゴとバッタを捕まえてたなんてこともあった。

今はコワくてどちらも捕まえられない。けど、寄り道ぐせと、熱中したら止まらないくせは、変わってない。

桜島@国分-隼人東

夕日@国分-隼人東

コノ写真は、花屋 Mstyleへ打ち合わせへ行く途中、少しだけ時間があったから寄り道して撮ったモノ。

いまは、ホント子どもの頃と似てるかも知れない。好き放題。

迷惑かけてるよね。ごめん。けど、許して。

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道端

僕の家、用水路、なだらかに曲がった道、車のよく落ちる田んぼ。

眠る前、世話をしないだろう中学3年の姉が、マルを拾ってきた。真っ白な紀州犬の女のコ。誰にも聞こえないかすかな泣き声。父も母も、僕も、姉の耳を褒めた。

2年後、暑い昼、首輪の抜けたマルは、僕が授業を受けてる中学校へ走ってくる途中、車に撥ねられ亡くなった。

放課後、家へ帰るとマルが居ない。近所を呼びまわる。ようやく母が口を開き、家の裏に眠るマルを見た。真っ白で綺麗なままだった。

道端にダンボールと置いてゆかれたコが、誰かに撥ねられ道の脇に横たわり、そのまま置いてゆかれた。

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妻はママからお母さんへ。

僕はパパからダディへ。

お母さんありがとう。

Musume(2歳9ヶ月)のソノ言葉には敬意が詰まっていて、そうしたモノが僕へ向けられることは無い。けど、ソレは普段の生活をふり返れば、もっとも至極なことだ。

家庭って、ホントに家の庭みたい。

変化してゆく。

実家の荒れた庭は、年に何回か、見兼ねた親戚もしくは近所のオジサマたちが手入れしてくれた。

僕は寝たきりのバアちゃんの部屋から、ソノたまに美しい庭を眺める。

椿、木蓮、サルスベリ、まるで桜のようなアーモンドの木。

晴れた日も、雪の日も、ソコから眺めた。

雑草だらけの庭を。

自分で手入れすればヨカッタんじゃないの?って、今なら少しは思うけどさ、あのころはそんなことちっとも思い浮かばなかった。

ひととき美しくなったとしても、保ち続けるのは無理だろう。

静かに絶望していたのだと思う。

まったく平和で安心できる家だったんだけどね。

リーチ・平和・ドラ3 みたいな。

妻もMusumeも可愛いのにさ、

そういう呪縛イツまでもひきずってっからさ、

無駄に重ねちゃったりするんだろうな。

よせばいいのにね。

家ってコワイなあとか思っちゃう。

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