ドーナツ

満ちたら枯れる。

創作の源泉はそれぞれだろう。僕のはそう出来ているように思う。

空いた胸をドーナツで埋めれば風が通りぬけシナモンが舞う。食されず地面に落ちるその様子と香りが、例えば必要なんだ。

しあわせに言葉は要らない。ジェラートと恋人は融け合えばいい。

写真もそう。

って、猫が言ってた。
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ぶどう酒

大人になり富士山の麓へ行ったときに、その山肌が青色でないことに僕は驚いてしまったんだ。

26, 7年、富士山は青かったから。普通の山と変わらぬ姿にガッカリして走る車の後部座席で言葉を失った。

授業中に教育テレビを観たんだ。

白身の魚をすり潰してヨダレが出るほど美味しそうなカマボコが作られる過程を。あれから30年経つけれども、僕はあのホントウに美味しいカマボコをまだ食べたことがない。

プロレススーパースター列伝の3 or 4巻でミル・マスカラスが複雑骨折を治した温泉 in メキシコに何度か訪れたことがあるんだ。

何もかもが嫌になったとき。ああ、ここでマスカラスの骨折が治ったんだな。ソウ思いながらお湯に浸かると、ホントウに全てがバカバカCことに感じられ、救われた。BIGになったら、2巻でファンクスがハンセンと鶴田にではなく愛犬にあげたような分厚いステーキを食べるぞと思った。

5歳くらいだろうか。美味しいぶどう酒を飲んだことがあるんだ。

砂糖の味がした。僕は酔っぱらい、ひどくいい気分になった記憶がある。ああいうお酒を飲みたいと今も思うし。そういう日が来ると思っている。

何を言いたいかと言うと。

何も言いたいことなんか無くて。

ただただ思うのは、学生街にプロレススーパースター列伝の全巻揃った定食屋さんがあったりして、僕はゴハン山盛りの生姜焼き定食を食べながらダラダラとそれを読み、愛しい恋人がゴハン半分でって注文したのに普通の店の普通盛りよりも多い量が盛られてきて笑って、美味しんぼかなんか読みながら、栗田さんが可愛いだの海原雄山が登場しただの言ってたまにこちらにページを見せて、また無言で読み、食べる。それって最高に無駄で最高な時間だなってことで。

先に言っておくけれども、これは否定なんかではなくて。違いの話で。

未来がどうとかって現実に沿って頭で考え、意見を出し合うなんてことは好きになれなくて。誰かの放つ詩だったり、画だったり、音楽だったりが惚れるほど素敵であれば、その過程が共有されなくったってよくてさ。

僕は会議なんかに出席するよりはポーク&チーズをもぐもぐ食べながらストッパー毒島を読んでいるような人生を歩みたいんだ。
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パラレルワールズ

大学3年の秋、もう僕は大学生ではなかった。

エスキモーは雪を20種類以上に言い分ける。退学の理由を尋ねられると何故かその話をしていた記憶がある。何十回もしたと思う。

恋する相手へ、好き。という2文字を乱用するのは良くない。僕は、好きと言わずに好きであることを伝える。とも言っていた。何十回も。恋人なんか居なかったのに。

けれども、パラレルワールドの僕は、

きっとお月様のような可愛い恋人と居て。

この上なく満たされた気持ちで桜の季節を迎えたろう。

不動産屋で門前払いをくらいトボトボ街を歩くコノ世界の僕とは全く異なる輝きに包まれていたことだろう。

3合炊きの炊飯器でごはんを炊いて。ロヂャースで買った大量の冷凍カラアゲを毎日少しずつ食べる。

夜勤明け。カーテン越しにそそぐ光。窓の下を流れる川の音。散歩する園児たちの声。眠るでもなく、ただただそれらを浴びて天井を見上げる。

夕方、出勤前になるとよく隣の部屋から恋人たちの愛し合う声が聞こえてくる。小さな台所でパスタを茹で、マヨネーズをかけて食べる。

ときどき、誰かの書いた台詞を舞台で喋る。

ストリップダンサーがルパン三世のテーマで踊るのを舞台袖から刑務所のサーチライト役として照らす。

それと並行する世界で、3人の僕が死に。

北海道とオレンジカウンティにも少なくとも3人ずつが暮らしていることは観測されていたが、その他はおおよそ東京で暮らしていた。

他の世界の僕たちも、昔の僕も、今の僕も、中身は大体似ている。

ちょっと分かれ道を右へ進んだか左へ進んだかの違いが積み重なっただけで。外から結果を見ると大きく違うように感じるかも知れないけれど、中に居ると大差はない。

悩みは無く、ふざけ、笑い、不謹慎だとシカられる。池の水が左右へ引き始め、噴水がアーチを描けば、10人中9人は後先考えずソノ中を駆け抜ける。

見事通り抜けても、びしょ濡れになっても。たぶん幸せなんだ。

湯船で。高速ロードで。古ビルの本に囲まれて。隅のほうで。眠り、惚けると。

あっちと、こっちとが繋がる。

だからそう。

大学3年の3月、僕は彼女へ文字を綴ったんだ。

まぼろしではなくて。

星降るので傘差した隅で羊が草食んだ上空を車が走り抜けて跳ね返る粒子と目で触る柔らかさがホントウの錯覚に委ねた水へ響きまさかの説教に笑う家鳴りたちのオナカが泣けば下弦の月はもう上に居て最後の曲を踊る。あんなに美しい首のはこびを僕は見たことがない。夏目漱石。

アストランチャ
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カゼノタヨリ

そろそろ切ろう。そう思ったときに考えた。

切られた爪はドコへ行くのだろう。

僕らのカラダは、死を迎えても、消えはしない。燃やされれば、別のモノにはなるけれども、消えない。

生きている間にも、日々入れ替わる。

分けた米、麦は、水は、僕らになり、土に、川になり、植物になり、動物になり。

雲となり、雨となり、また僕らへ降りそそぐ。

数秒。

雲間の月から陽の光がそそぎ、明るくなった。

僕らは、僕らだった世界が、世界だった僕らが、満たされていることを、離れても、居なくなっても、文字で、写真で、音で、知ることが出来る。

だからこそ居るうちは。
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最期

日曜の晩、仕事で夏の写真を探してたら、Musume(当時3歳2ヶ月)が出てきた。

車の後部座席でなにやら物憂げな表情。口にはわずかにお菓子のカスが。

他の写真から推測するに、コノ後、彼女たちは、お泊りへ。僕は、結婚式の2次会へ出掛けたあと、喫茶サンボへ行った。

はるか昔のように感じる。

人が死ぬのは、最期の日なのだろうか。僕は、これまでに3度、死の近くへ行った。そしてコノ春、あ、いま最後だ。とワカル日をすごした。最後の日は、人生の終わりではなく途中にあるのだと知った。あとは、ソレ以外の日をすごす。

穏やかな、喜びに満ちた日々が続く。

撮り、文字を綴る。

ソレが最期へ向けたモノなのか、どこへ向けたモノなのか、わからないなあ。みたいなことを最近は思う。

*lens: SIGMA 85mm F1.4 EX DG HSMamazon
*camera: SIGMA SD15amazon

Posted by undoandy
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