大学3年の秋、もう僕は大学生ではなかった。
エスキモーは雪を20種類以上に言い分ける。退学の理由を尋ねられると何故かその話をしていた記憶がある。何十回もしたと思う。
恋する相手へ、好き。という2文字を乱用するのは良くない。僕は、好きと言わずに好きであることを伝える。とも言っていた。何十回も。恋人なんか居なかったのに。
けれども、パラレルワールドの僕は、
きっとお月様のような可愛い恋人と居て。
この上なく満たされた気持ちで桜の季節を迎えたろう。
不動産屋で門前払いをくらいトボトボ街を歩くコノ世界の僕とは全く異なる輝きに包まれていたことだろう。
3合炊きの炊飯器でごはんを炊いて。ロヂャースで買った大量の冷凍カラアゲを毎日少しずつ食べる。
夜勤明け。カーテン越しにそそぐ光。窓の下を流れる川の音。散歩する園児たちの声。眠るでもなく、ただただそれらを浴びて天井を見上げる。
夕方、出勤前になるとよく隣の部屋から恋人たちの愛し合う声が聞こえてくる。小さな台所でパスタを茹で、マヨネーズをかけて食べる。
ときどき、誰かの書いた台詞を舞台で喋る。
ストリップダンサーがルパン三世のテーマで踊るのを舞台袖から刑務所のサーチライト役として照らす。
それと並行する世界で、3人の僕が死に。
北海道とオレンジカウンティにも少なくとも3人ずつが暮らしていることは観測されていたが、その他はおおよそ東京で暮らしていた。
他の世界の僕たちも、昔の僕も、今の僕も、中身は大体似ている。
ちょっと分かれ道を右へ進んだか左へ進んだかの違いが積み重なっただけで。外から結果を見ると大きく違うように感じるかも知れないけれど、中に居ると大差はない。
悩みは無く、ふざけ、笑い、不謹慎だとシカられる。池の水が左右へ引き始め、噴水がアーチを描けば、10人中9人は後先考えずソノ中を駆け抜ける。
見事通り抜けても、びしょ濡れになっても。たぶん幸せなんだ。
湯船で。高速ロードで。古ビルの本に囲まれて。隅のほうで。眠り、惚けると。
あっちと、こっちとが繋がる。
だからそう。
大学3年の3月、僕は彼女へ文字を綴ったんだ。
まぼろしではなくて。
星降るので傘差した隅で羊が草食んだ上空を車が走り抜けて跳ね返る粒子と目で触る柔らかさがホントウの錯覚に委ねた水へ響きまさかの説教に笑う家鳴りたちのオナカが泣けば下弦の月はもう上に居て最後の曲を踊る。あんなに美しい首のはこびを僕は見たことがない。夏目漱石。